とん、と降りてきた。
- ひろえあきこ
- 2020年9月4日
- 読了時間: 3分
病が見つかり、
向き合うにあたって、
とにかく受け入れていなければ、
太刀打ちできないと思い、
集中することにした。
また、小心者で、何かと考えすぎる癖があるので、考えるのをやめてみた。
ついでに、色々とやめてみた。
代表者だったものを辞めてみた。脱退もした。
先の約束もできないのに、人様をたばねたり
時間やお金を預かる立場は、私にもメンバーさんにも良くない。
時間とは有限で、
自分に集中する時期が来たと思った。
それから
音楽と名前の付くものを、遠ざけていた。
歌う練習のようなものも、そろそろやろうと思えばできる体調になってきたが、
それもまだ、待ってみる。
こんなに長く音から遠ざかることはなかった。
生きなおすのだから。
命を神さまに任せて、
時間を返してくださったのなら。
雰囲気に流されずに、御心を知りたい。
だから、音楽というものから自分を遠ざけた。
もくもくと生活をして
丁寧に療養食を準備して、
夫には別の献立も作る。
リハビリがてらと、家中を掃除する。
汗で午前中の洋服が着られなくなる。
息も上がる。それでもなんだか清々しい。
何を歌ってきたのか
自問しつづけて
これからの時間に歌うことを許されるのなら
これまでとは別次元で、
捧げつくさなければ意味がない。
一片の自我も入れたくない。
答えがNOなら、それまで。
神さまの答えに従うまで。
祈り、投げうつ。
まず第一に、神と、神の国の義を求めよ。と、御言葉がよぎる。
翌日、
一通のメールが来る。
まだ、駆け出しの頃からの久しい方。
随分と色々教わり、
応援もしていただいている。
SNSや普段のやりとりもないまま、
いつも、ここぞ。というときには
必ず連絡をくださる。
何より、理解されることの少ない
神さまと人の関係についての考えかたが、
私もよく似ていて、
しかも、あちらはしっかりとした土台をお持ちなので、いつも学び多く、
励ましてくださる言葉も説得力が凄い。
このブログの事をお知らせもしていないままだったのに、ちゃんと読んで下さり
お見舞いの連絡をくださった。
そして、その内容に
私は神様からの答えを見つけた。
いや、思い出したという感覚が近い。
そうだった。
その、少数派だけれど
確信とおぼしきゾーンで歌うこと。
それが私だった。
私にしか作れないものがある。
神さまと私の世界がある。
いま、それやらないでどうするのかと。
原点を思い出せ。
何がしたくてここまで来たのか。
丸投げで、ぼんやりしていた心の中に
とん、と
一本の大きな柱が下りてきたような
感覚になった。
詩を書こう。
曲を書いてみよう。
声を整えなおそう。
いつか、この方にも
できれば生で聴いてもらえる日が
来ることを願い求めながら。
それに耐えられる、
ふさわしい表現を目指して。
そして、それ以外の余計なものを、排除して。
久しぶりに、ワーシップの曲を流すと、
涙が止まらなくなった。
暖かくて、心地よい、
触れられたときに流れるあの涙。
日常の些細な出来事の中に
神さまはおられる。
目の前の人と自分の間で、
神さまは語られている。
信じられないほどに、愛されている。
人の口で表現できないほどの大きさで。
あっけないほどに、
神さまは身近におられるものだ。
この言葉にできないほどの
感謝がいつか、
どうか、届きますように。
コメント